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この人に会いたかったんだと気づかされる、懐かしい未来との出会い。
僕は兵庫県南西部に住んでいて、先日、
その中核都市である姫路という町のタワーレコードへ行ったら、
エスカレーターを昇った正面のディスプレイの隅っこに目を引くCDがあった。
そのときはそのまま通り過ぎたが、
店内をいろいろ見て回って、ジャズコーナーの試聴機に近づいたら、
またそのCDが目に入った。
ヒップホップぽいかっこいいジャケットだけどジャズなの?






『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』
エスぺランサ・スポルディング

何の気なしにヘッドフォンを付けてプレイボタンを押すと、
おおおっ、これは僕が聴きたかった音楽そのものではないか…。
ジョニ・ミッチェルがジャコ・パストリアスと組んでいた時代みたいな演奏に、
マンハッタン・トランスファーのような歌とコーラス、
カーラ・ブレイ・バンドのようなホーン。
ジャズのことは全然知らないので書けば書くほど底が割れるが、
ジャズのイディオムで構築されたポップスだ。
僕が聴きたかった音楽、というのはあくまでも修辞で、
このCDの1曲目を聴いて初めて、漠然とした自分の好みの理想的なカタチを
スッと現実のものとして眼前に差し出されて、
あ、僕はこういう音楽が聴きたかったのかと気づかされた、というほうが正確だろう。
これがその『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』の1曲目。↓『ラジオ・ソング』。

1曲目の時点でもう「このCDは買いだ」と思っているのだが、
2曲目、3曲目と冒頭の1、2分を試聴していく。どの曲も全然素晴らしい。
そして5曲目。
もしかしてラジオか何かで既に耳にしたことがあるかも知れない、
と思わせる、でも、たぶん実際は初めて聴く、
キャッチ―なポップスの普遍性のマジックがあるサビ。
これでこのCDは絶対買わねばと心が決まった。
(稼ぎが少なくてお金がない僕としては一大決心だったことも書き添えておくw)。
その5曲目。↓『ブラック・ゴールド』(プロローグが長くて曲が始まるのは1分半過ぎ)。

いろんなところで目にする、ソウルやR&Bはジャズから生まれたという文言を、
僕はいまひとつ分かっていなかった。
でも、『ブラック・ゴールド』は、この一曲で、
ジャズから如何にしてソウルやR&Bが生まれて行ったかのパースペクティブを、
一気に俯瞰できたかのような錯覚さえ味わわせてくれた。
小さな子供に「おチビちゃん、あなたはブラック・ゴールドなのよ」と
語りかける内容の歌詞で、
内容にふさわしいゆったりとやさしいメロディが美しくも心地よい。

で、感動の試聴を「素晴らしい、これ以上は買って家で聴こう」と8曲目ぐらいで切り上げて、
そういえば店に足を踏み入れたとき目を引かれたディスプレイは何だったんだろう
と引き返してみると、今週の洋楽売上チャートの10位として飾られているのだった。
へええ、こんな地方都市でも売れてるのか、このCD。

家に帰ってWikipediaとかいろいろ検索してみると、
エスぺランサ・スポルディングって、キャッチフレーズに事欠かない人だった。
ジャズミュージシャン/ベーシスト、
パット・メセニーにその才能を見出される。
20歳の史上最年少でバークリー音楽院の講師に招かれる。
2011年グラミー賞でジャズアーティストとして史上初めて新人賞受賞。
オバマ大統領のお気に入りでホワイトハウスでも演奏。
そして容姿にも恵まれていて、バナナリパブリックのモデルを務めたことも。
等々、なんか、僕が知らなかっただけで、既にけっこうなスターっぽいなあ。

それにしても、もう一度書くが、姫路のような地方都市で売上チャートの10位というのはスゴイ。
マドンナとかアデルとかティンティンズと、こんな音楽が並び立っているなんて!
グラミー賞新人賞でかなり高い知名度があるからということだろうか?
いや、新人賞の時点で沸いたのはジャズファンだろうし、
『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』はポップスだから、
違う層が買ってチャートランクを押し上げているんじゃないか。
他の都市のタワーレコードではどんなチャートアクションなのか知りたいなあ。
(とか思っていたら、はっきりとは聞き逃したのだが、NHK-FMの番組で、全米のナントカチャートで1位とか言っていた。地方都市のタワレコのチャートどころの騒ぎではないんですねw)。

グラミー賞新人賞のきっかけとなった前作『チェンバー・ミュージック・ソサイエティ』と
この『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』は、同時期に書き溜めた音楽的アイデア群に基づく
2通りのプロジェクトということらしく、
前作はアコースティック/ストリングス=内向的、
今作はエレクトリック/ホーン=外向的というコンセプトがあるらしい。
その上で、『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』は、ラジオ・フレンドリーということを
あくまでもジャズに立脚しながら追求したアルバムだそうだ。

う~ん、YouTubeでいろいろ見ても、ウッドベースを弾いている映像が多いし、
今回のアルバムは特別というか、エスぺランサとしては異色の一枚になるのかな?
ジャコ・パストリアス亡きいま、ジョニ・ミッチェルのあの時代のような音楽を創造できるのは、
自らフレットレスベースを自在に操れるエスぺランサ以外にいない気がするんだけどなあ…。
この路線でもっとアルバム作ってほしい…。

最後にホワイトハウスでの演奏。スティービー・ワンダーの曲。

〔参考〕
・『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』リリースに際してのエスぺランサのインタビュー



# by ichi1ni2 | 2012-04-12 14:31 | Trackback | Comments(0)
チョイスしたものが女性のものばかり、という病識(笑)は一応ある。
 















# by ichi1ni2 | 2012-02-28 21:10 | Trackback | Comments(0)
美人は疎外され、その孤独の地点から優れた作品が生まれる。
お金がないから綿矢りさの5冊目の小説『かわいそうだね?』を買っていなかったのだが、地元の図書館で見つけて読んだ。

…なんや、滅茶苦茶オモロイやんか。

4冊目の『勝手にふるえてろ』が、例によって鋭い観察は随所に見られて楽しめたものの、オモシロい!とは言い切れない感じだったので、ちょっと熱が醒めていたのだ。

『かわいそうだね?』には、表題作と『亜美ちゃんは美人』の中編2作が収められている。『かわいそうだね?』は、百貨店の女性服ブランドの販売員が主人公で、彼女の恋人が、主人公に愛を誓いつつも元カノと同居を始めると言うお話。多分きちんと取材をしたのであろう販売員の仕事の具体性あふれる内幕描写をバックボーンに、三角関係の顛末が描かれる。

『亜美ちゃんは美人』は、主人公のさかきちゃんという女子高生と、さかきちゃんのクラスメイトで際立った美人の亜美ちゃんの関係のお話。さかきちゃんによる亜美ちゃんの観察、つまりは綿矢りさ流の美人論となっている一編。

3冊目の『夢を与える』は少女が人気アイドルに登り詰めるお話で、これは実際に人気の頂点を極めた経験のある綿矢りさでなければ書けなかったであろうと思わせる迫力のある作品だったが、『かわいそうだね?』は本命に選ばれるモテる女性でなければ書けない、そして『亜美ちゃんは美人』は、ホントの美人でなければ知り得ない知見(?)が満載で、いまさらながら、真の美人作家の作品を同時代に読める貴重さを思わされた。

綿矢りさは、影響を受けた作家として太宰治とか村上春樹とかも挙げるのだが、どうも一番好きなのは田辺聖子らしく、芥川賞は受賞したものの、いわゆる純文学からはちょっと外れた、ユーモア小説とも言えるような作風に傾いてきているようだ。アイドルとかOLの三角関係とか美人とか、およそ文学的とは言えない、週刊誌のようなまさにフツー目線の事象を掘り下げて、日頃から僕らが汚染されている情報(ゴシップ)の実態に迫ってくれるのだから実に面白く読める。しかし、田辺聖子ははっきり言ってブスなので恋愛小説を書いてもどこか絵空事(1冊しか読んだことないけどw)なのだが、その点、綿矢りさは実際に美人なので、その辺のリアリティが素晴らしい。

で、田辺聖子に顕著なのは関西人に特徴的な、気取ったり偉ぶったりを許さない、ぶっちゃけたところで通じ合う思考だと思うが、綿矢りさが田辺を好きなのは、彼女もまた関西人であるところが大きいようだ。だから自分は美人なのに、美人を引きずり下ろすような客観的な目で見ていて、それがリアリティのある美人論小説を成立させている。美人が自己分析した美人の実際のところが読めるなんて!よく女性は自分のことにしか関心がないと言われるが、綿矢りさの場合はそれが面白い主題を得る結果を生んでいるのだ。

そして、その『亜美ちゃんは美人』を読んで説得されてしまったのだが、やはり本当の美人はスポイルされるもの、つまり人間関係に於いてどうしようもなく疎外されるみたいだ。

日本画家・松井冬子。
昨年末の『NHK紅白歌合戦』の審査員席に座っていたのにも驚かされたが、横浜美術館で大々的な個展が開催されるほどの人気画家になった。雑誌『美術手帖』で特集もされている。美人である。

僕は自慢ではないが、松井冬子には7年前から注目してきた。いや、2008年にはもうNHK教育テレビジョン「ETV特集」で『痛みが美に変わる時〜画家・松井冬子の世界〜』が放送されるているので、そんなに早い注目ではないかも知れない。最初に何で彼女のことを知ったのか失念したが、ネットで、美人画家がいるという情報でも目にしたんだと思う。当時の彼女の公式ホームページを覗いてみたときは吃驚した。↓この写真が掲載されていたからである。美人というか、もの凄い美人。

で、作品も二、三見たところでは耽美的で、しかもポピュラリティーがあって素晴らしい。その彼女の東京芸大の卒制が下に掲出した『世界中の子と友達になれる』。ここに描かれているのは疎外の感覚以外の何物でもない。

僕は一応美大卒(私立)にも関わらず美術に全然詳しくなくて、乏しい知識の中からの短絡的な連想かも知れないのだか、この絵を見てすぐにアンドリュー・ワイエスの『クリスティーナの世界』(超有名だけどw)を思い出した。松井冬子は油絵を捨て日本画を選んだらしく、油彩ではなく水彩やテンペラを選んだワイエスに、精緻極まりない筆致も含め、もしかしたら影響を受けているかも知れない。

文芸評論家で小説家の小谷野敦は「美人を描いた絵よりも美人そのもののほうが美しい」というテーゼを立てているらしいが、松井冬子の場合、「美人が描いた絵よりも美人そのもののほうが美しい」というテーゼを立てたくなるほど美人である。しかし、彼女の絵にはそうとも言い切れないくらい魅力があって…みたいな稀な逡巡を呼び起こす、極めて稀な存在だ。

それにしても、美人が、その疎外の地点から見ている世界の何と切ないことだろう。そして、作者が美人という現実の桎梏を背負っていることにより、ナルシシズムとかセンチメンタリズムという批判も無効になるのだ。…と、美人への憧憬に汚染され切っている僕は思うのだった(笑)。


    『世界中の子と友達になれる』

    『クリスティーナの世界』

# by ichi1ni2 | 2012-02-17 22:34 | Trackback | Comments(0)
シンプルなアイデアと思うけど、そもそもアイデアとはシンプルなもの。






# by ichi1ni2 | 2012-01-31 14:32 | Trackback | Comments(0)
隠された真実を示唆する、白い鳩の飛翔のスローモーション。
昨年の『NHK紅白歌合戦』のプレ企画みたいな番組だったか。
Perfumeが、初出場となる少女時代へのコメントを求められて、
「少女時代さんは、“バミり”をまったくしないんですよ。
私たちは“バミり”がないとダメだから、少女時代さんはホント、スゴイと思います」
みたいなことを言っていた。

“バミり”とは、“バミる”とも言うようだが、
歌手や俳優のステージ上の立ち位置を、あらかじめガムテープなどで印を付け、
分かるようにしておくことらしい。

少女時代は9人だから、3人のPerfumeより、
立ち位置の取り方はいっそう複雑で難しいに違いない。
にも関わらず、“バミり”なしで歌って踊れるということは…。

サッカーで言う、オートマティズムみたいなものか?
チームの成員が皆、意識的な判断の速度を超える自動的な判断で、
同時に、一糸乱れぬ合目的的な動きをする。
少女時代はデビューまで何年もかけて厳しいレッスンを受けてきたそうだから、
そういうことかも知れない。
でも、レッスンなら、Perfumeの3人だって、小学生のときから受けている。

たぶん、少女時代がもっとも近いのは、鳥や魚の群れだろう。
V字編隊で整然と飛ぶ渡り鳥や、一斉に飛び立つ鳩や、
何千匹もの大群がひとつの生き物のようになって泳ぐ魚や。

「鳥の群れはなぜぶつからずに飛べるか」で検索してみると、
上位のサイトに、浅学な僕には信憑性の判断はつかないが、
面白いことが書いてあった。

「アメリカのアニメーションプログラマーが、鳥の群れをコンピュータで再現できないかと考え、鳥の群れを観察し、その集団行動のメカニズムをコンピュータ・シミュレーションで解析した結果、以下のような条件が導き出された。

1. 鳥は、仲間の方へ集まろうとする。
2. お互いに同じ速さで飛ぼうとする。
3. ぶつからないようにする。

この三つのルールで作った鳥のシミュレーションモデル「ボイド」(birdoid、鳥もどき)は、見事に群れを再現した。「ボイド」はその後、映画『バットマン リターンズ』で、コウモリの群れとペンギンの群れの動きをCGで再現する際にも使用された」。

一羽一羽がただ与えられた本能に従って行動しているだけで、
集団になると自然に統制の取れた性質を現してしまうことを、
「複雑系に於ける自己組織化現象」と言うのだそうだ。

うむ。
難しくなってきたから、この辺にしておこう。

いずれにせよ、
少女時代が“バミり”を使わず、統制の取れたダンスが可能なのは、
彼女たちが鳥の群れだからに違いない。

それが隠された真実であることを示唆するように、
このPVには、白い鳩の翔ぶ美しいスローモーションが埋め込まれている。

…なんか、大げさな文章やなあ(笑)。
どうでもいい思いつきに無理やり整合性を持たせようとしての強弁(笑)。御海容下さい。




# by ichi1ni2 | 2012-01-27 02:12 | Trackback | Comments(0)
バレンタインデーが定着したのは、春を待ちきれない気持ちの表れかも。
コピーライターとしての次の勤め口が見つからなくて、
早くも丸5年が経った。
5年もコピーを書いていなければ、さすがにもうコピーライターとは言えないと思う。
でも20年近くコピーライターとして生きてきたから、
意識としてはまだ65%くらい自分はコピーライターで、
未練たらたら、思い出したように広告会社に履歴書を送ったりしている。

今は100円ショップ(「百均」と呼ぶのかな?)で働いているが、
先日、そろそろバレンタインということで、
店の目立つ場所に特設コーナーが設けられた。
それを見ていたら、なんか、ひさしぶりにバレンタインのコピーが書きたくて
ウズウズしてしまったのだ。で、書いてみた。

A案)ツンデレのデレの日、2月14日。

B案)その日、チョコレートは、言葉にできない思い。

C案)スキこそ恋の上手なれ。

D案)女子力全開!2.14胸キュン記念日。

E案)原始人も恋をした。

バレンタインも時代とともに様変わりして、
高価なチョコを自分へのご褒美として購入したり、
チョコ以外のものを贈る方がお洒落かも知れなかったり、
はたまた女の子同士で贈り合ったり、
あんまり恋がどうとか告白がどうのとかではなくなっている。
だから、上に提出した5案のうち、
今の時代でも使えるのは辛うじてD案くらいだろうか。
いや、これが実際の仕事で使えるかと言ったら、全然怪しいですけどね(笑)。
クライアントからの課題や方向性の指示という大前提なくして、
思いつきで、遊びで、チョコチョコっと(バレンタインだけに)書いただけだから。
でも、こういうのを書いてみたくなったのは、
恋がどうとか告白がどうのとかで大騒ぎになっていた、
昔のバレンタインへの郷愁に違いない。

現役時代、僕も甘酸っぱい、
それなりのコピーをいくつか書けた気がするし、
世の中にはもちろん高名なコピーライターが書いた大名作もあるはずだが、
なぜかひとつも覚えていない。
バレンタインのコピーで覚えているのは、
かつての同僚が書いたこの一本だけだ。

友だちじゃいられないくらい、好き。

もう、ほんと、“胸キュン”とはこのことか、
と思わされましたよ。このコピーを目にしたときは(笑)。
流通広告(百貨店などの広告)の会社では、
バレンタインを前にした時期には、
社内のコピーライターが一斉にバレンタインのコピーを書いているわけで、
当然、他のコピーライターがどんなのを書いているか気になる。
でも、コピー原稿が最初に手渡されるのはデザイナーで、
コピーライターが他のコピーライターの書いたコピーを垣間見るのは、
ラフや校正刷りなど、ある程度グラフィックが固まった段階になるから、
それがいいコピーだったりすると、それはそれは魅力的に目に映る。
…なのに、もうその同僚の名前すら忘れてしまっているなあ(笑)。
ただ、作者は女性だったから、やっぱ女の子にはかなわないよなあ、
と強烈に思った記憶がある。

でも、そのかつての同僚の女性コピーライター、
流通広告はヒトの気持ちを書かなくちゃいけないことが多くて、
そういうコピーを広告業界では「気持ちのコピー」と呼ぶのだけど、
自分の内面を探ったりするのがツライとか言って、
自動車の広告作ってる会社へ移って行ってしまったんだよなあ。
あんなに気持ちのコピーが上手かったのに…。

で、話は、やっぱ女の子にはかなわないよなあ、という方へ逸れるのだが、
俳句でも女性俳句が云々というのはしばしば議論の的になる。
性差別はいけないことというイデオロギーがあるからだろうけど、
コピーでも、俳句でも、女性でしか書けない傑作は多くある。

螢火や手首ほそしと掴まれし  正木ゆう子

こんなの、オトコには書けない。
オトコはそんな風に、つまり、手首細しとは生きても暮らしてもいない。
女性として意識が規定されているからこそ、
こういう作品が生まれるんだろう。

ジェンダーがなんたらとか難しいことは分からないから
これ以上は深入りはしないが、
現象として面白いのは、
男性は、女性ならではの作品に強く惹かれるが、
女性もまた、女性ならではの作品に強く惹かれるらしいということだ。
そして、逆に男性性の顕著な作品は、殊更、意識されることがない。
世の中には男性性の強い作品ももちろんあるが、、
その作品を男性性云々と俎上に載せる人がいないようなのだ。
話がちょっとシモの方へ下りて行くが、
エロ映像を見るとき、
男性は映像の中の女性を見て興奮し、
女性もまた映像の中の(男性ではなく)女性を見て興奮するという話に
似ているのかも知れない。

なんか、思いつきで書いてみたコピーに始まって、
思いつくまま筆を進めてきましたが、話はこれ以上どこへも行きません(笑)。

それでは、大好きな曲の動画でも貼って終わりにしようかな。

# by ichi1ni2 | 2012-01-24 03:07 | Trackback | Comments(0)


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